「Improvisation Lab」ではパーカーの音楽を理論で解剖していますが、今回は少し趣向を変えて、私自身の「原体験」の話をさせてください。
今から遡ること15年ほど前。私は語学留学のために、アメリカのカンザスシティ(KC)に半年間滞在していました。
「何もない」街に流れていた時間
日本から直行便もなく、乗り継ぎを繰り返してようやく辿り着くその街は、お世辞にも「都会」とは言えませんでした。ほんのりと物悲しいほどに、のどかで、広々とした、何もない街。
しかし、そこはジャズを少しかじったことのある人なら誰もが知る、チャーリー・パーカーが育ったジャズの聖地でもありました。
街の至る所に潜む「ジャズの魂」
かつてカウント・ベイシーが夜な夜なスウィングし、若き日のパーカーがその音を食い入るように聴いていたというジャズ・バーの数々。
ダウンタウンへ足を運べば、何気ない野外イベントで驚くほどハイレベルなジャズが演奏されている。そんな光景が日常に溶け込んでいました。今も多くのクラブが残っており、学生だった私でも安価に本場の音を楽しめたのは、この街ならではの贅沢だったと思います。

当時の写真
イベントがあるタイミングでダウンタウンのほうに行くとジャズの演奏を野外でやってました。
ミュージアムで見た「黄金時代の影」
現地にある「アメリカン・ジャズ・ミュージアム」も訪れました。ルイ・アームストロングが愛用したトランペットなどが展示されているその場所は、15年前の私にとって、単なる資料館以上の重みを感じさせる場所でした。パーカーがこの乾いた空気の中で、どんな想いでサックスを鳴らしていたのか。展示品の向こう側に、当時の熱狂が透けて見えるようでした。

15年経って思うこと
正直に言えば、旅行先として手放しでおすすめできる場所ではありません(笑)。日本からは遠く、時間もかかります。
けれど、あのアメリカ中西部ののどかな風景を知っているからこそ、今パーカーの「光と影」が混じり合う複雑なフレーズを聴くと、不思議と納得できる部分があるのです。あの静かな街から、どうしてあんなに激しく、美しい「叫び」が生まれたのか。
15年前のあの時、カンザスシティの風に吹かれながら聴いたジャズの音色は、今も私の音楽観の底に、静かに沈殿しています。

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